感謝!
2008 / 02 / 29 ( Fri )
「いつも喜んでいなさい。
絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。
これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに
望んでおられることです。」1テサロニケ5:16〜18
神様が、私たちに望んでおられること。
それが、ここに書かれている。
何か良い事をすることでもなく、
それ以上に、感謝することを求めておられる。
神様は私たちの心に最も関心を持って見ておられる。
私はずっと、最も感謝できないことがあって、
どうしても受け入れられなかった時、
「でも、この事を感謝します。」と言って受け入れた時、
すごいことが起こった。
深い深いうおの目みたいなものが、根こそぎ抜けたのだ。
深い心の傷がいやされたのを体験した。
この感謝には、心をいやす力もあることを知った。

今日のみことば
2008 / 02 / 29 ( Fri )
「収穫は多いが、働き手が少ない。
だから、収穫の主に、
収穫のために働き手を送ってくださるように祈りなさい。」
マタイの福音書9章37,38節
今日のみことば
2008 / 02 / 29 ( Fri )
イエスは、すべての町や村を巡って、
会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、
あらゆる病気、あらゆるわずらいを直された。
マタイの福音書9章35節
今日のみことば
2008 / 02 / 29 ( Fri )
「あなたがたの信仰のとおりになれ。」
マタイの福音書9章29節
今日のみことば
2008 / 02 / 29 ( Fri )
「娘よ。しっかりしなさい。あなたの信仰があなたを直したのです。」
マタイの福音書9章22節
今日のみことば
2008 / 02 / 29 ( Fri )
わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。
マタイの福音書9章13節
神のみこころに添った悲しみは、
悔いのない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、
世の悲しみは死をもたらします。
コリント人への手紙第二 7章10節
今日のみことば
2008 / 02 / 29 ( Fri )
私は慰めに満たされ、
どんな苦しみの中にあっても喜びに満ちあふれています。
コリント人への手紙第二 7章4節
姫木蓮の花を見て思ったこと
2008 / 02 / 28 ( Thu )
今朝洗濯物を干していると、
枝を全部落とされた木の先っちょに、
ピンクの花が咲いているのを見つけた。
あ、春だ!と感動して、年取った母に見せてあげようと思って、
「ほら、見て。あれ何?」と母親に声をかけた。
姫木蓮で、私の小学校入学の記念に植えたのだそうだ。
家が暗くなるので、ばちばち切ったのだけれど、
けなげに花を咲かせていると、
いとおしそうに言った。
じゃあ、もう半世紀も立っているのだ。
花は一杯咲かなくてもいいさ。
それだけ木に負担がかかるんだから。。。
なんだか自分に言っているみたいだったけど、そう言った。
ばちばちと切られても、切られても、
それでもこうして神さまの手の下で自分の仕事をし続ける、
そういうへりくだりにあこがれる。
木ではないから、私にはできないと思うけれど、
そういう低さがほしいなあと思う。
花は一杯つかなくても、
木全体がどんどん成長したらいい。
もし、実のなる木なら、木が元気でさえあれば、
おいしい実が一杯できる。
もっとも姫木蓮では食べられないけれど・・・
実がなるための刈り込みを喜んで受け取れる
そういう枝でありたいなあ。
花か実か、あなたはどっちがいいですか?
わたしはまことのぶどうの木であり、
わたしの父は農夫です。
わたしの枝で実を結ばないものはみな、
父がそれを取り除き、
実を結ぶものはみな、もっと多く実を結ぶために、
刈り込みをなさいます。・・・
わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。
人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、
そういう人は多くの実を結びます。ヨハネの福音書15章1節5節
夫婦円満
2008 / 02 / 28 ( Thu )
一週間ぶりに実家に行くと、
コタツに低い椅子が二つ向かい合わせに置いてあった。
足腰の悪い父がいつもコタツに低い椅子を置いて座っていたが、
もう一つ増やしたらしい。
足腰が弱くなり、目も耳も遠くなった両親が、
仲良くコタツにこうして座っているのかと思うと、
ほほえましくもあり、嬉しくもある。
昔風の夫婦で、
あまり会話することもなかった両親。
愛情を表現しあうのを見聞きしたことはない。
女はただ我慢・・・
よく母は捨て鉢にそう言っていた。
一度、聖書には「夫婦」がどういうものだと書いてあるか、
神さまが二人を一人として結び合わされることや、
キリストにある結婚がどれほど祝福されたものかを
話したことがあった。
すると、母はそれを聞きながら泣いた。
そういう夫婦になりたい。
そう言っていた。
私の教会の牧師さんに、
母は泣きながら祈ってもらった。
今、両親はとても仲が良い。
父は何かと母に優しいことばをかけているらしい。
これだけはちょっとしたもんゾ。
と、母が作った料理を私にほめた時はびっくりした。
母は照れ笑いをした。
朝起きてきて、「おはよう」と言っているのを
初めて聞いたときはびっくりした。
夜部屋に入るとき、「そいじゃおやすみ」と言っていた。
時々ケーキを買ってきて、
夜寝ている母をたたき起こして食べさせようとしたりするらしい。
あたりまえの普通のことだけど、普通のことがなかった。
普通の夫婦になれた両親が、嬉しい。
きっともうすぐ、キリストにある夫婦となって、
きっと二人を通して神が栄光をあらわされると信じている。
これまで何十年分もの人生を取り戻して、
使命をまっとうするだろう。
キリストの御名によって祈った祈りは答えられる。
だれであれ、求める者は受け、探す者は見つけ出し、
たたく者には開かれます。マタイの福音書7章8節
うつ病をいやされた人
2008 / 02 / 28 ( Thu )
先日教会の礼拝が始まる直前のこと。
一人の女性がにこにこと入って来られたので、
「はじめまして。」とあいさつをしました。
その方は、「はじめまして」ではないですよと、
変な顔で私をじっとみつめておられました。
数秒あせって、はっと気づきました。
まったく別の人がそこにいるようでした。
冬と春のように違う。。。。そんな表現がぴったりでした。
肌がつやつや輝いて、ふっくらした丸顔の美しい女性が
2週間前の人と同じ人だなんて、
横にいた友人もなかなか気づきませんでした。
うつ病を神さまがいやされた!
約一ヶ月前の教会の集会の中で、
まるでつきものが落ちたようにいやしが始まったそうですが、
2週間前との違いに触れてびっくりしました。
何人も、こういう、一人の人が大変身してしまう
神さまのわざを見たことがありますが、
何度見ても、やっぱり驚いてしまいます。
神さまには、人の手では治せない病も
いやすことがおできになるのです。
一人の人を新しくすることがおできになります。
「彼(イエス・キリスト)が私たちのわずらいを身に引き受け、
私たちの病を背負った。」マタイ8章17節
「それは人にはできないことですが、
神は、そうではありません。
どんなことでも、神にはできるのです。」
マルコ10章27節
Have you ever experienced you were not able to understand why a certain thing took place for you or others? Do you know nothing happens unless God permits here on the earth, even about everything you know? If we accept everything with pleasure and gratitude to God, He works in our lives: He fulfills His plan as He has for us. That is the wonderful life for each one of you.
Rejoice always;
pray without ceasing;
in everything, give thanks; for this is God's will for you in Christ Jesus.
1Thessalonians 5:16-18
神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。
それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。
コリント人への手紙第二5章21節
私たちはキリストの使節なのです。
コリント人への手紙第二5章20節
これらのことはすべて、神から出ているのです。
コリント人への手紙第二5章18節
だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。
古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。
コリント人への手紙第二5章17節
私たちの念願とするところは、主に喜ばれることです。
コリント人への手紙第二5章9節
私たちは見るところによってではなく、信仰によって歩んでいます。
コリント人への手紙第二5章7節
神は、その保証として御霊を下さいました。
コリント人への手紙第二5章5節
狭い門からはいりなさい。
マタイの福音書7章13節
何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。
マタイの福音書7章12節
してみると、あなたがたは、悪い者ではあっても、
自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。
とすれば、なおのこと、天におられるあなたがたの父が、
どうして、求める者たちに良いものを下さらないことがありましょう。
マタイの福音書7章11節
求めなさい。そうすれば与えられます。
マタイの福音書7章7節
長崎のよかとこАΑΑδ杭衒
2008 / 02 / 26 ( Tue )
長崎のよかとこと言うと、やっばり長崎弁。
これを聞かんと落ちつかん。
しゃべらんと落ちつかん。
バスの中で、学生が長崎弁でいうと
よかね〜と思う。






神の国とその義とをまず第一に求めなさい。
2008 / 02 / 26 ( Tue )
神の国とその義とをまず第一に求めなさい。
マタイの福音書6章33節
20キロの遠足
2008 / 02 / 26 ( Tue )
中学のときの遠足。
それは、20キロも歩く遠足だった。
それも、ふつうは「おやつ」あるのだが・・・
このときは、「おやつ」なし・・え〜っ 
なんと、「おにぎり」と水筒だけ・・・ 
まさしくサバイバル遠足。
どこまでも、どこまでも、続くような・・・
ここまで歩くと、感覚もなくなる。
やがて、その場所に着いた。
私たちの人生にも、長く、長く続くような
ことがある。
あきらめなければ、必ずたどり着くのです。
それは神の手によって・・・・・
もしおそくなっても、それを待て。
それは必ず来る。遅れることはない。
ハバクク書2章3節 

私たちは勇気を失いません。
たとい私たちの外なる人は衰えても、
内なる人は日々新たにされています。
コリント人への手紙第二 4章16節
長崎のよかとこΑΑΑΔ舛磴鵑櫃
2008 / 02 / 23 ( Sat )
長崎の名物にちゃんぽんがある。 

店に行って食べるということはあまりない。
家で作って食べる・・・私のところも小さいころから
母が作ったものを食べとった。おいしか〜 



昨日は、雲仙のちゃんぽんのこと言っていた。
おいしそうでした。

主の道を用意し・・・・
2008 / 02 / 23 ( Sat )
主の道を用意し、
主の通られる道をまっすぐにせよ。
マタイの福音書3章3節
神は・・・・
2008 / 02 / 23 ( Sat )
神は、どのような苦しみのときにも、
私たちを慰めてくださいます。
第2コリント1章4節

水曜日に起こったこと。
2008 / 02 / 23 ( Sat )
今週の水曜日に、ひとりの女性が教会に来た。
その方にコンサートの案内や、手紙など出していた。
あるときは、その方のところに行き、祈った。
「腰が痛いので・・・・」(ヘルニア)といやしの祈りを・・・
それから、少し時間がたって、その人のところに行ったら、
「腰がよくなった!」と言って、喜んでいました。
前は、外に出かけることのできなかったのが、今は外に
でかけることができるようになったのである。
神がいやしてくださったのである。
その人が教会に来たのである。
私は、このときいなかったのだが・・・
主のなされることはすばらしい! 
わたしは主、あなたをいやす者である。
出エジプト記15章26節

「主を信頼する者には、恵みが、その人を取り囲む。」詩篇32:10
「神様、感謝します。」このことばで一日が始まる。
神様は私の生活をご存知だ。何もかも。
私が何に弱くて、何に強いかもご存知だ。
実は寒さに弱いのです。
「心は燃えていても、肉体は弱いのです。」という御ことばがある。
二月の寒さは格別だ。
二十六聖人たちがこの寒さの中で西坂まで歩いて行ったことを
思うと、頭がさがる。
しかし、寒いものは寒い。
でも、すべてのことを感謝していると、神様の恵みが私を取り囲む。
成功以上の感動
2008 / 02 / 21 ( Thu )
ーー8時のブログの続きですーー
私の所属しているゴスペルクラブも先日コンサートをしました。
それに、小学生の女の子も一人出演しました。
私がいつも練習にお付き合いしている女の子です。
ところがその日、突然、
いつもクラブの伴奏をしてくれている方がインフルエンザにかかり、
来ることができなくなりました。
緊急事態発生です。
それなら、いつも一緒に練習しているのですから、
私がピアノを弾いてあげるのが、
彼女にとって一番いいのですが、
そして、私もやってあげたかったのですが、
本番で使う別の楽器に譜面を載せてみると、
まったく見えません。
ぼんやりと、白い紙の上に黒っぽいものがあるだけです。
ごめんね・・・でも、神さまがいるから・・・
彼女の歌うはずの歌詞の通りのことを祈りました。
ああ、この目が・・・
また、そう思いそうになりましたが、感謝!!しました。
そして、その日突然コンサートの伴奏者として呼ばれた方にお願いしました。
その人が知らない曲です。
直前まで説明して、説明して・・・そしてやっぱり上手くいかず、
途中で女の子は、「あれ?」と言って、次が歌えなくなりました。
いつもと違う伴奏だけがずっと流れ、彼女は戸惑っていました。
一旦止めて、またやり直すかもしれない。
仕方ないよね・・・と思ったとき、
小学生の女の子が再びリードを取り直して
最後まで歌い続けました。
終わったとき、会場からあたたかい感動の拍手が起こりました。
あの状況で、よくパニックにならず歌ってくれた・・・と、
感動して手作りのケーキを持ってきてくださった方もありました。
上手く成功したとき以上に、
最悪の状況で、より、神さまが人々の心を動かされることがあります。
それは、その中で私たちが神さまにすがるからです。
人間はいつだって上手くやりたい。成功したいと思います。
でも、失敗も逆境も神さまはお許しになります。
そこから流れる神さまのすばらしい祝福があるのです。
神を愛する人々、
すなわち、神のご計画に従って召された人々ためには、
神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、
私たちは知っています。
ローマ人への手紙8章28節
コンサートで感動
2008 / 02 / 21 ( Thu )
先日、私たちが時々お借りしている、
長崎の有名なカトリック教会の聖堂で、
あるコンサートがありました。
両手の指が二本ずつという女性のピアノコンサートでした。
そこに行ったわけではありませんが、
新聞を見て、ビデオを見たくてたまりません。
紹介の記事の一文が心をとらえたからです。
彼女は、障害を負った指の鍛錬のためにピアノを始めたそうです。
一番障害だったその指のために始めたことが、
反対に神さまの栄光を表す結果となり、
弱いはずの指が武器となっているなんて!
キリストを信じるおかあさまが、
この子は神さまが育ててくれる。
神さまが与えてくださった子どもだから・・・と言い続けてくださったと、
実際行って話を聞いた方が言っておられました。
子どもの頃の私の夢は音楽家になることでした。
私には目の障害があったので、
母が、何か一つでも自信をもてるものをもてば・・・と、
生きていく支えとして趣味で音楽をさせてくれました。
本格的に学ぶかどうかというときに、
芸術の道は厳しいし、お金もかかる。その目では厳しい。
それでもやっていくなら
家を建て替えてピアノを買ってあげると言われ、
子どもの私はあきらめて、趣味で音楽を続けられる方を選びました。
それでもあきらめきれず、大人になってからまた自分で音楽をやっていましたが、
いつも思い続けたことは、
「ああ・・・この目があるから。この目さえまともなら思いっきりできるのに。。。」でした。
結果的に音楽は、私の人生の支えとは成りえませんでした。
でも、確かな支えであるキリストと出あったのは、
その苦悩があったからでした。本当に感謝なことです。
今は以前のように、自分の障害を嘆くことはなくなりました。
客観的にそのまま受け入れられるようになりました。
それでも、まだ、私の体の一番弱いはずの部分が、
強力な武器となっている・・・とまでは言えないなあ・・・
とこの新聞記事を読んで思いました。
「わたしの恵みは、あなたに十分である。
というのは、わたしの力は、
弱さのうちに完全に現れるからである。」
競灰螢鵐硲隠仮9節
この言葉があなたの人生にも私の人生にも実を結びますように。
・・・続く
Следуйте путем любви, стремитесь иметь духовные дары, особенно дар пророчества.
1-е Коринфянам 14:1
اسْعَوْا وَرَاءَ الْمَحَبَّةِ، وَتَشَوَّقُوا إِلَى الْمَوَاهِبِ الرُّوحِيَّةِ، بَلْ بِالأَحْرَى مَوْهِبَةِ التَّنَبُّوءِ.
14:1 ﻛﻮﺭﻧﺜﻮﺱ ﺍﻻﻭﻝ
사랑을 따라 구하라 신령한 것을 사모하되 특별히 예언을 하려고 하라
고린도전서 14:1
Desiderate l'amore e cercate ardentemente i doni spirituali, ma soprattutto che possiate profetizzare,
1 Corinzi 14:1
Seguid el amor; y procurad los dones espirituales, pero sobre todo que profeticéis.
1 Corintios 14:1
Ainsi, recherchez avant tout l'amour; aspirez en outre aux manifestations de l'Esprit, et surtout au don de prophétie.
1 Corinthiens 14:1
Pursue love, yet desire earnestly spiritual gifts, but especially that you may prophesy
1 Corinthians 14:1
愛を追い求めなさい。また、御霊の賜物、特に預言することを熱心に求めなさい。
コリント人への手紙第一 14章1節
GOD IS OPPOSED TO THE PROUD, BUT GIVES GRACE TO THE HUMBLE.
1Peter5:3
This is the rule we receive abundant blessing and grace from God, that make us happy and filled with joy all the time. But if we insist on self-rigteousness and never accept God or anything from God, it is that we are proud. Be careful and let us watch ourselves if we are humble, or we never lose grace God provides.
愛は寛容であり、愛は親切です。
2008 / 02 / 19 ( Tue )
愛は寛容であり、愛は親切です。
また人をねたみません。
愛は自慢せず、高慢になりません。
第一コリント13章4節 
長崎のよかとこァΑΑο面電車
2008 / 02 / 19 ( Tue )
長崎の路面電車は、どこまで行っても100円。 
(他の地域はどうなのかは知らないけれども・・)
これが長崎のよかとこ・・・・
なくなってほしくなか・・・ 

見よ。わたしは、すべてを新しくする。
2008 / 02 / 19 ( Tue )
見よ。わたしは、すべてを新しくする。
黙示録21章5節
事は成就した。
黙示録21章6節

いつまでも残るものは・・・・・
2008 / 02 / 19 ( Tue )
こういうわけで、いつまでも残るものは、
信仰と希望と愛です。
その中で一番すぐれているのは愛です。
第一コリント13章13節
神が与えてくれたもの
2008 / 02 / 19 ( Tue )
私は、器用なほうではない。
不器用である。
しゃべることも得意ではない。
じゃ、何ができるのか?
「できる」というより「好き」なほうだろうか?
「書くこと」である。
昔、日記を良く書いていた。
いやなことも、いいことも、
そこで書いていた。
書くことで私にできることがある。
これは神が私に与えて下さったものである。

あなたにはできる。
あなたには、聖なる神の霊があるからだ。
ダニエル書4章18節

同一の御霊がこれらすべてのことをなさるのであって、みこころのままに、おのおのにそれぞれの賜物を分け与えてくださるのです。
コリント人への手紙第一12章11節
御霊の賜物
2008 / 02 / 18 ( Mon )
みなの益となるために、おのおのに御霊の現れが与えられているのです。ある人には御霊によって知恵のことばが与えられ、ほかの人には同じ御霊にかなう知識のことばが与えられ、またある人には同じ御霊による信仰が与えられ、ある人には同一の御霊によって、いやしの賜物が与えられ、ある人には奇蹟を行う力、ある人には預言、ある人には霊を見分ける力、ある人には異言、ある人には異言を解き明かす力が与えられています。
コリント人への手紙第一12章7-10節